ただやるだけ

note毎日投稿3日目。

少しペースが見えてきた。

ブログというより日記みたいになってきてるけど大丈夫なのか。

まあ、いいや。

 

正直今日、めっちゃ書く気が起きない。

三日坊主とはよくいったもので、

ふと昨日の夜

「明日が三日目だから一つ目の山場だな」

と悟っていました。

そんな風に客観視できるだけまだましで、

いろんな屁理屈つけて続かなかったって言うのが人間の本性だと思ってる。

 

俺は自分が立派な自立した大人だと思っていないから、

サボりたくなることも起こりうるって予測できる。

そういうことが起きるのも含めて毎日やると腹をくくっているから、

今日も書いてる。

 

そんで、思うに、

物事が続かなかったり、

何かがうまくいかなかったり、

やろうとしてることが出来なかったりするのは、

きっとこの自意識みたいなものに繋がってると思う。

逆説的ではあるけど、

自分が立派な人間だと思っている人ほど、

変なプライドや意地みたいなのに引っ張られて、

言い訳をし続けるんじゃないかな。

 

最初っからでっかい目標掲げて、

まるで今までの人生変えるくらいの勢いで、

これでもかって程の情熱を持って取り組むのってどうよ。

明らかにどっかでエネルギー切れるよね。

いや、そういうのも根っこでは大切だったりするとは思うよ。

でも、毎日そんな風に生きれるほど物事は順調とは限らないでしょ。

 

大切なのは

どう取り組んだか

じゃなくて、

今日何が成せたか

な気がするよ。

過程より結果だね。

過程は結果が出せた者のみが考慮できるものじゃないかな。

結果をバンバン見せてくる人の方がグッとくるよね。

 

結果って言っても大層なものでなくていいと思ってる。

今の俺だったら、

1日1記事書くとか、

作曲を完了させるとか、

止まってる絵の制作をするとか、

何かこう分かりやすく第三者に見せられるものを残すこと。

 

泥臭く、上手じゃなくていいから、

必死こいてちょっとでもいいから

今日何かを成せた人って、

そこで何か成長すると思ってる。

 

もちろんそんな風にやると、

成せたことに納得出来る日は少ないだろうし、

毎日悔しい思いを沢山するだろう。

でも、だからこそ、

そういう悔しさみたいなのを感じて初めて

過程もきちんと向き合えるのだと思う。

どうしたらもっとうまくいくか、

どうしたら効率化出来るかとか、

最初は考えもしなかったアイディアや

技術にも目がいくようになるんじゃないかな。

 

勤勉で真面目な人ほど、

綿密なスケジュールと

細かい知識や目先の技術に囚われてしまう。

そんなの考える時間があったら、

1mmでもいいから自分のやりたいことに手をつけるべきだ。

 

ある人は、続ける中で道を間違えたと気づくかもしれないし、

ある人は、ヒーヒー言いながらもやりがいを感じるかもしれないし、

ある人は、そんなの平気で出来るかもしれないし、

ある人はそれを努力と呼んで邁進するかもしれない。

いろんなタイプがいるだろう。

 

なんでもいい。

誰に評価されなくても構わない。

今日何かを残そう。

ただやるだけ。

 

けーすけでした。

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